アダルト短歌のページ3です。
このページでは小説には無い一瞬の感性の凝縮、
エロスのピンポイント攻撃をお披露目します。

小説では成しえない、5 7 5 7 7 の瞬間に込めた
大人のテキスト・エロス。
言葉の短縮、省略、置き換えなどの多用により
音声化することは極めて困難な文字カテゴリですが、
(なにを語っているのか聴く上では意味がわからない)
どうぞご賞味下さい。

短歌のご投稿も募集しています。詠めるぞって方、
男性女性問わず、ご応募お待ちしております。⇒

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チャコ(チャコの耳のマダム)の詠める歌3
好色な中年?独身女が詠んだ歌です。

コスプレもの(もはや川柳ですが)


☆ セーラー服 着せてスカート 捲くりあげ 頭つっこみ パンティずらすとは

☆ おまえなら まだまだ似合うと おだてられ その気まんまん 着るメイド服

☆ ガーターの 絶対領域 チラリ見せ ウフンとポーズの 我が妻勘違い

☆ メイド服 めくり上げたる Tバック 脇からヘアの はみ出る(いずる)かな

☆ 忍者とて 網の下着の 袴紐 ほどき落とせば 女ふんどし

☆ コミケなる コスプレ族の 集い来て 覗くパンチラ 狙う亀吉

☆ ナース服 着る女子(おなご)とて 薄生地の 透けるスカート 縞のパンティー

☆ チャイナ着つ 忍びつスリット 裂けければ 腰骨の上 のぞく紐パン


アダルト本歌どり2


在原業平 古今集
☆ ちはやぶる 神代も聞かず 竜田川 韓紅に 水くくるとは
<意味>不思議なことが多かったという神代でも、
こんなことは聞いたことがない。
竜田川の水を、紅葉(もみじ)の葉が紅(くれない)に
くくり染めにするなんて。

落語的解説
江戸時代、人気相撲大関の「竜田川」が吉原へ遊びに行った際、
「千早太夫」という花魁に一目ぼれした。
ところが千早は力士が嫌いで、竜田川は振られてしまう。
振られた竜田川は妹分の「神代太夫」に言い寄るが、こちらも
「姐さんが嫌なものは、わちきも嫌でありんす」
と、いうことをきかない。

このことから、成績不振となった竜田川は力士を廃業、
実家に戻って家業である豆腐屋を継いだ。
それから数年後、竜田川の店に一人の女乞食が訪れる。
「おからを分けてくれ」と言われ、喜んであげようとした竜田川だったが、
なんとその乞食は零落した千早太夫の成れの果てだった。
激怒した竜田川はおからを放り出し、千早を思い切り突き飛ばした。
千早は井戸のそばに倒れこみ、こうなったのも自分が悪いと
井戸に飛び込み入水自殺を遂げた。


チャコ 『新淫集』
☆ チンポ振る ダメよも聞かず 勃ったまま 摩羅くれまいに ピスくぐるとは
<意味>勃起したままのチンポを振りたてて見せるだけじゃダメ、
挿れてくれなくちゃいやと願いつつも、
挿れてくれないことは解っていながら、
男のオシッコを浴びるとは、何という淫猥な女なんだろう


チャコの2 『新淫集』
☆ きまた振る 嵌めよもきかず 犯ったらば ママ濡れまいに 椅子くぐるとは
<意味>脱いだきまた(股引)を振り振り「性交しようよ」
という父の言うことを聞きいれなかったばかりに
無理やりネジこまれたが、濡れてこないのだろう
椅子をくぐって股の下から竿を咥えようとは、
何という淫猥な母なんだろう


チャコの3 『新淫集』
☆ ひなたぶる 闇夜も敷かず 初ならば 股蒸れまいに ミスくくるとは
<意味>処女相手なら昼日中でも闇夜でも、布団も敷かずにやりまくる
まして未婚婦人を縛っておくなら、股も蒸れないだろうに

<さる大唇院教授による新解釈>
昼日中すら震えるほど冷え込むのに、初めての相手に限り、
深夜でも布団も敷かずに性行為を続けるなら
股の蒸れるひまなどないだろうに、なぜ未婚婦人を縛って行うのだろう


おばさまもの(やはりエロ川柳でしょう)


☆ おばさまに セーラー服は 似合わない せめてニーハイ やめといてくれ

☆ おばさまも セーラー着たし チョミニもて 穿き見す布は 暖簾腹巻

☆ おばさまの チョミニめくれば Tバック 尻に埋まりて 見えぬ縦紐

☆ おばさまの チョミニめくりて 股のしみ 熟女のかをり しばしとどめん

☆ おばさまと ラヴホテルなる 制服性交 少女ぶりにて 締める於万古


※この「少女ぶり」は、3日ぶりなど{○○以来の}とは異なる。
人形ぶり{人形振り}、などのように何々をまねて演じる、
ひいては真似て行動することをさす「ぶり」である。

この歌の例の場合は、あたかも少女のように振舞う、となる。
制服を着込んだことで少女のように振舞った結果、
知らず影響を受けた体が勝手に反応し、
於万古が自動的に締まる、という意味である。

次の「締める」は現代語の自動詞ではなく、歌の場合の「詠める」
などと同じで「何々した」という他動的意味の過去形古語である。
「逝ける於万古」なら「いっちゃった於万古」である。

少女時代以来の制服を着た性行為なので、意気込んで於万古締めちゃうぞ、
と解釈するのは間違いである。
むろん、この「ぶり」はドレミの次の音のことでも、
若い女の尻や乳房の形容でも、決してない。

面倒なので正しい訳を書いておくと・・・
ラヴホテルで、学校制服を着せたおばさまと性交渉に及んだところ、
セーラー服を着た少女のような気分になって恥じらいながら行う
その性交渉の異様さに非常に興奮したのだろう、
おばさまの於万古が、勝手にキュウキュウと締まり、とても気持ちがいい。
とっくに恥じらいなど失くした、おばさまのユル万古のはずなのに。





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